東条碩夫(音楽評論家)
彼特有の、緻密で緊迫感にあふれた演出が素晴らしい。舞台は、シェローとしばしばコンビを組んで来た美術家ペドゥッツィが得意とする、灰色の壁に囲まれた閉塞の空間。そこで描かれる衝撃のドラマは、愛する父王を暗殺した母とその愛人への憎悪に燃え、王宮内で犬のような生活を続けながら復讐の時を待つ王女エレクトラの物語である。


題名役のニーナ・ステンメは、現代屈指のドラマティック・ソプラノだが、ここではまさに本領発揮である。全編出ずっぱりで、しかもほとんど歌い続けで、復讐に燃える王女役を凄絶に演じる。歌も見事だが、顔の演技も鬼気迫る表情だ(こうなると来シーズンの《トリスタンとイゾルデ》がいよいよ楽しみになる)。

その間にあって、純真に温かい家庭を願う妹クリソテミスを歌うのは、これも人気抜群のエイドリアン・ピエチョンカ。清純な美しさがいい。弟オレスト役のエリック・オーウェンズも、いつに変わらぬ重厚な存在感。
クライマックス・シーンにおける今回の演出では、オリジナルのト書きと異なり、クリテムネストラは舞台上で息子オレストに殺され、彼女の愛人である王エギストも舞台上でオレストの付け人に刺される。エレクトラの愛する父王アガメムノンを暗殺した2人は、こうして非業の最期を遂げるのだった。ごうごうたる音楽が、この悲劇を締め括る。
物語、音楽、歌唱、演出、演技、━━すべての面で、これは物凄いオペラである。
写真(C)Marty Sohl/Metropolitan Opera