2015年5月15日金曜日

愛と裏切りと激情!《カヴァレリア・ルスティカーナ/道化師》みどころ

                              石戸谷結子(音楽ジャーナリスト)

道化師
「紳士淑女の皆さま。これからお見せするドラマは、ある人生のひとこまです。それは生身の人間の魂の叫びなのです」と、《道化師》の開幕前に登場する座員のトニオが口上を述べる。この言葉は、まさに「ヴェリズモ・オペラ」の本質をついている。オペラ史のなかで重要な位置を占めるヴェリズモ(現実主義)・オペラは、歴史上の英雄や貴族社会の物語ではなく、庶民の日常や現実社会の出来事(新聞の三面記事のような)を描いた19世紀イタリアに起きたオペラの動きだ。
その代表作がマスカーニの《カヴァレリア・ルスティカーナ》とレオンカヴァッロの《道化師》の二つの作品なのだ。どちらも演奏時間が70分くらいと短く、テーマも似ていることから双子オペラといわれ、ダブルで上演されることが多い。オペラツウの人たちからは《カヴァ&パリ(パリアッチ 伊語Pagliaccii=道化師)》と呼ばれて、親しまれている。

カヴァレリア・ルスティカーナ
 この《カヴァ&パリ》、主役は通常、別々の歌手が歌うことになっている。どちらも非常にドラマチックな声と激情を表現する演技力が要求され、テノールの役のなかでも最高に難しい、究極の役と言われているからだ。2つの全く性格の異なる役を、一晩で一人が演じるためには、強い精神力と強靭な喉、そして強い体力も必要だ。今回のMETライブビューイングでは、なんとマルセロ・アルヴァレスが二つの役を一人で歌ったのだ。もちろん彼にとっても初めての挑戦となる。これは画期的なことで、今年のオペラ界の大きな話題になっている。425日のライブビューイング収録日には、大成功を収めた大熱演のアルヴァレスに聴衆から熱烈な拍手がおくられた。

カヴァレリア・ルスティカーナ
 《カヴァレリア》では、村一番の伊達男トゥリッドゥ(アルヴァレス)を愛するサントゥッツァを演じたエヴァ⁼マリア・ヴェストブルックが素晴らしかった。ワーグナー歌手として評判の高い彼女だけに、厚みのある声と豊かな声量を生かして、一人の男に一途な愛を捧げ、結果として彼を死に至らせてしまう不幸な女性を熱演した。《道化師》では、ヒロインのカニオの美しい妻ネッダを演じたパトリシア・ラセットの体当たりの演技も光った。田舎を廻る旅回り一座のスターだが、もとは孤児だったのを、座長のカニオに拾われて妻になった。ラセットはトスカや蝶々さんを得意とするドラマチックなソプラノだが、演技力が抜群で、色っぽくも逞しいネッダのキャラクターにぴったりだった。今回、《道化師》トニオ役のジョージ・ギャグニッザが、《カヴァレリア》のアルフィオ役にも挑戦した。ギャグニッザはスカラ座でリゴレットを演じている美声の実力派バリトン。性格の違う2つの役を血の通った人間味あふれる演技で演じ切った。アルヴァレスは、ちょっと影のある美男のトゥリッドゥ役も熱演だったが、とくに悲劇の道化師カニオ役が素晴らしかった。第2幕の劇中劇で、「もうパリアッチ(道化師)じゃない!」と激情的に歌うシーンは真に迫っていた。

道化師
 今回はまた、デイヴィッド・マクヴィカーの演出も見ものだった。《カヴァレリア》では時代を1900年代に設定し、因習に縛られたシチリアの寒村の雰囲気をリアルに浮かび上がらせた。装置も衣装もほぼ黒で、中央に円形舞台が設えられ、村人が周囲を取り囲み、まるで演劇の舞台のよう。そんな閉鎖空間の中で悲劇は起こるのだ。一方《道化師》はそれとは対照的に、色彩を多用してコミカルさを強調する。道化師たちの衣装は派手で、3人のちょっと不思議なコメディアンも活躍する。時代は戦後まもなくの1948年に設定。2作品を効果的に対比することで、それぞれの悲劇を浮き彫りにする。

 
道化師
《カヴァ&パリ》は全く異なる2つのドラマを、一度に味わうことができるという意味でも、見ごたえがある。どちらにも共通するのは「愛と裏切り」と「激情」だ。まさにオペラのなかのオペラ。ドラマチックで音楽は美しく感動的だ。とくに《カヴァレリア》の間奏曲は、甘美で抒情的。名画「ゴッドファザーⅢ」にも印象的に使われた、お馴染みの曲だ。

METライブビューイングでは本作の歌手たちの迫真の演技がアップで見られ、さらに幕間には、歌手たちのインタヴューなどの特典映像も楽しむことができて、これって、ほんとにオトクです。


 (c)Cory Weaver/ Metropolitan Opera