2015年1月30日金曜日

実在した“ニュルンベルクのマイスタージンガー”たち


愛をかけて歌合戦に臨む若き騎士に、未来への希望を託し、自分の恋は諦めて、若者たちのために尽力する靴職人の親方ハンス・ザックス。人間と芸術の理想を、壮麗な音楽で描いたワーグナーの喜劇大作《ニュルンベルクのマイスタージンガー》の主人公です。

ニュルンベルクの街
"マイスタージンガー"(Meistersinger) とは、中世のドイツで優れた詩人兼音楽家に与えられたマイスターの称号ひとつで、マイスターは「親方」、ジンガーは「歌手」の意味。日本語では、「親方歌手」「職匠歌人」などと訳されます。1516世紀にかけて、南ドイツのニュルンベルクをはじめ商工業が栄えた都市で、手工業者の組合を中心に、親方や職人、徒弟たちが教会などに集い、詩作と歌の腕を競い合う文化が花開きました。
歌学校が開催された
ニュルンベルクの教会

日曜日の礼拝のあとなどに、教会の場所を借りて「歌学校」が開催され、マイスタージンガーたちが出席のもと、"マイスター"の資格試験など、歌唱コンテストが行われました。「バール形式」といわれる詩型など、マイスタージンガーの歌詞・韻・旋律の複雑な規則に則って創作された歌を披露し、マイスタージンガーのなかから選ばれた「記録係」がそれらを厳格に採点。持ち点7からの減点方式で、黒板に記録係がチョークで×印を付けていき、減点が7点を超えた場合は「歌い損ね」で失格というような試験でした。


ハンス・ザックスの肖像
ニュルンベルクでマイスタージンガーの文化が最も栄えた時代に登場した代表的なマイスタージンガーが、靴職人のハンス・ザックスでした(1494-1576)。ワーグナーのオペラのモデルとなった人物です。当時ドイツに広がっていたルターの宗教改革の思想に傾倒しながらも、旺盛な創作力で6000を超える歌を残しました。彼自身、オペラのザックス親方と同じく、妻と子供たちに先立たれた男やもめでしたが、晩年に40歳も年下の若い未亡人と結婚。宗教改革と詩作と愛に生きた情熱の人物だったといえます。

名演出家オットー・シェンクが手掛けるMETの《マイスタージンガー》は、まさに中世ドイツの古都で育まれた"マイスタージンガー"という豊かな文化と伝統、それを敬愛し生きる市井の人々を生き生きと写実的に描いた名プロダクション。当時のマイスタージンガーたちに想いを馳せながら、ぜひワーグナーの心揺さぶる壮大な音楽の世界に浸ってみてください。