2014年11月1日土曜日

至福のモーツァルト!《フィガロの結婚》現地レポート

                             小林伸太郎(音楽ライター/ NY在住

 メトロポリタン・オペラが922日、201415年シーズンをオープンした。9月から10月にはシンフォニーだとかバレエとか、いくつもオープニング・ナイトがあるけれど、やはり何といってもMETのオープニングが一番華やかだ。

 今年のオープニングは、モーツァルト《フィガロの結婚》の新演出。指揮台に立ったMET音楽監督ジェイムズ・レヴァインが、最も愛する作品の一つだ。少々古いかもしれないが、映画や舞台の『アマデウス』をご覧になった方は、モーツァルトの宿敵・サリエリが、《フィガロ》のあまりの美しさ、とりわけラストで伯爵夫人が不実な伯爵を許すくだりの完璧さに愕然とするシーンを憶えていらっしゃるかもしれない。婚約者スザンナを結婚前に奪おうとする伯爵に、従僕フィガロが昂然と立ち向かうという、とんでもないストーリーであるのだが、モーツァルトの音楽は、人間の弱さ、おろかさ、そして素晴らしさを、笑いとちょっぴりのほろ苦さで、観客の心に優しく語りかける。レヴァインの深い、たっぷりとした音楽は、走り抜けるように活気にあふれた序曲から、最後の赦しと大円団まで、聴く人を何処までも幸せにしてくれる。
 
リチャード・エアの演出は、時代を1930年代初頭に移したもの。属する階級に違いはあっても、誰もがそれぞれに美しく装った前世紀初頭は、《フィガロ》のストーリーラインをセンシュアル(官能的)に彩り、作品の時代を超えた普遍性を強調する。とりわけ女性の柔らかなラインのコスチュームが素敵だ。異文化の影響を受けた南スペインの雰囲気を醸し出したゴージャスな装置は、円形の回り舞台を駆使して、部屋から部屋へと流れるようにスムーズな場面転換を実現。モーツァルトの音楽に、ぴったりと寄り添う。

 歌手の中では、まずスザンナを歌ったマルリース・ペーターセンのコクとウェイトのある美声を駆使した、溌剌としたスザンナにメロメロになってしまった。軽すぎないので、伯爵夫人に変装することも無理がない。伯爵夫人を歌ったアマンダ・マジェスキーも、スザンナと姉妹になれそうな若々しい奥様ぶりが素敵だ。艶のある柔らかな低声で、人の良さ爆発のイルダール・アブドラザコフのフィガロ、スタイリッシュな歌唱でダンディな色気をふりまくペーター・マッテイの伯爵と、男声陣も万全だ。ケルビーノ役のイザベル・レナードは、白いスーツも凛々しく若い青年を颯爽と演じ、強い印象を残した。それからバルバリーナを歌ったイン・ファンにも、是非注目して頂きたい。なお今シーズンは、《フィガロ》の前日譚であるロッシーニ作《セヴィリャの理髪師》も、ライブビューイングが予定されている。レナードは、将来の伯爵夫人であるロジーナ役で《セヴィリャ》にも出演する。

 《フィガロの結婚》は、実は結構長いオペラだ。しかしこの日の上演は、完璧なアンサンブルに時の経つのも忘れるくらい、正に至福の時を味あわせてくれた。ライブビューイングは、細かい演技もデリケートに伝えてくれる。レヴァイン率いる最高のモーツァルトを、ぜひお楽しみいただきたい。

                                     (c)Ken Howard/Metropolitan Opera