2013年1月30日水曜日

壮絶な女王同士の対決《マリア・ストゥアルダ》現地レポート

池原 麻里子(ジャーナリスト)

ドニゼッティの《マリア・ストゥアルダ》(1834年作)がやっとMETで初演された。同作品はチューダー王朝3部作の1つで、先シーズン開幕にアンナ・ネトレプコが見事にタイトル役を演じた《アンナ・ボレーナ》に次いで2作目となる。

歴史上、実在し敵対していたイングランド女王のエリザベス1世(エリザベッタ)とスコットランド女王のメアリー・スチュアート(マリア・ストゥアルダ)の架空の直接対決を劇化したのは、ドイツの文豪シラー。それを台本にドニゼッティはロマンティックな曲作りで、マリアの殉死と犠牲を見事に描いている。

何と言っても素晴らしいのが、タイトル役を演じるジョイス・ディドナートと、今回、METデビューを果たしたエリザベッタ役のエルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァー。両人は互いに過去に相手の役柄も歌ったことがあり、本作品を熟知し、白熱の舞台をみせてくれた。

ディドナートはこれまでどちらかというと、ズボン役や《セヴィリャの理髪師》のロジーナといったおきゃんな役のイメージが強かったのだが、今回は運命に翻弄される気位の高く熱情的なマリアになりきっている。非常に難しい高音のコロラーラから低音まで楽々と(実際は大変なのだろうが)こなしているのだ。

6フィート(約183cm)という長身を活かして、ディドナートに負けない立派な女王ぶりを発揮しているのが、南ア出身のヴァン・デン・ヒーヴァー。今回はウィッグネット(かつらの下のヘアネット)のラインが見えないようにと、何と髪して(!)の熱演だ。密かに愛するレスター伯爵ロベルトが未だにマリアに執心であることを知り、嫉妬にかられる女心を隠しながら女王の威厳を保とうとするエリザベッタを見事に演じている。第二幕で白粉を塗り赤毛のウィッグを被った姿は、まさに我々が親しんでいる実物の肖像画と瓜二つ!筆者が彼女を初めて観たのは昨年2月のヘンデル《リナルド》のアルミーダ役だったが、そのドラマティックで力強く、高音から低域までむらのない歌唱力に感嘆。彼女との再会を楽しみにしていたが、その期待は裏切られなかった。まだ33歳の若さで、今後の一層の活躍が期待される歌手だ。

さて、この実力派2人が展開するドラマの中でも特に注目したいのが、第一幕終わりの両女王対決シーン。牢獄からの釈放を懇願するという目的でエリザベッタと対面しながら、エリザベッタからの侮辱につい我を忘れ、「卑しい私生児の娘」(Vil bastarda!)と吐き捨てるように口走ってしまうマリア。「あ、そんなことを言ったらお終い!」と、観客席の我々も思わず息を呑んだ。

第二幕ではマリアの歌唱部分が大半を占める。死を迎える決心を固め、悲しみにくれる従者達を慰め、レスター伯爵に別れを告げ、自分に死の宣告を下したエリザベッタを赦し、決然と処刑場に向かう一連のシーンはドラマティックで、ディドナートから目が離せない。

レスター伯爵役は今シーズン開幕の《愛の妙薬》でネモリーノを演じたMETお抱えテナー的存在のマシュー・ポレンザーニ。甘いリリカルな声を披露している。そして、歌手達をしっかり引き立て、オーケストラをまとめたのはベルカント・オペラを得意とするマウリッツィオ・ベニーニ。

《アンナ・ボレーナ》も手がけた演出家デイヴィッド・マクヴィカーは、今回は自分と同じスコットランド人ジョン・マクファーレンにセットと衣装を任せ、自分達の歴史の一部でもあるこの物語を巧に生き生きと展開している。

本作品はオペラとして、またシラーの原作や史実と比較するなど色々、楽しめる奥深い作品だ。両クイーンの対決をお楽しみに。

写真(C) Ken Howard/Metropolitan Opera